2005年08月17日

ひょうげん

72

ときどき、くもり。

うにうに。

嫌なことなんて、なかった。

ただ、

ただ少し、惨めさを、

自分への、失望感を感じる事がある。

今研修している人たちと、話す時に無理してる。

そりゃぁあ無理してるさぁ。

世間的には、相手は勝ち組。私は負け。だから無理もする。

でも、

でも本当は、私は私で、自分のするべきことを、見失わなかったんよ。

ちゃんと身に染みてない。

はみ出していく。

何回も、自分を定義するのに。


仕方ないから、もっかい定義するよ。


あの時一番に思ったことは、

ここで、そんなことになったら、うちの家族は誰も頑張れないってこと。

もしそうだったら、うちの家族は、崩壊するってこと。

だから、万が一にも、そんなことは起こってはいけないって思った。

気力で、運命を変えてやるって思った。

もしもなんて、

もしもなんて、まったく考えてはいけない。

言霊があるように、意識にもなにか、影響しうる因子が存在するんだと、

だから。

一家を支えるってことは、

国家試験の勉強をすることよりも遥かに重要事項だった。

今でもそう。

今でも。

で、

何故だか成功した。

あの頃の私にとっては、この結果は必然である必要があったんだけど、

思い込むことは、それは現実とは異なっていて、

でも、

お母さんは元気になった。

障害の程度も軽い軽い。

あとちょっとで、全快する勢いだ。

できれば、来年の1月までに、

結果が見えるくらいの回復を示してくれたら最高。

なんて、

欲張りかな。


お父さんも、120まで生きてください。

すんっごい元気で。

おじいちゃん、おばあちゃんも。

そして、勿論お母さんも。


話は戻るけど、

これから出会う、すべての人の前で、弁解していくことは難しいし、

国家試験を受かってしまうまでは、それも惨めさを伴う作業だったりする。

一番自分が成長する方法は、

これから出会うすべての人の前で、

弁解しないこと。

それで、

少し出遅れた地点から、

これから出会うすべての人に、認められる人間になること。


大変だけど、やりがいはある。

それに、

それにっていうか。ていうか、家族も親戚も、

あと、おじちゃんの所の院長も、

(よく治ってくれた)

っていうのは、確実に思ってる。

それから、

(交通事故って何て恐ろしいんだ)

っていうのも、思ったろう。

ついでに、

(まゆちゃん、よく頑張ったね。お父さんもよく頑張った。弟も。)

って、

思っといてくれると救われる。どうなんだろうね。

人の気持ちなんか、それに頼るのは弱い

って、元気なときは思うけど、

(偉いね。偉かったね。)

って、言われないと小っちゃくなっちゃうときもある。

誰かゆって〜。

ううん、思ってて下さい。

うちは案外厳しくって、

「でも、来年まで落ちたらそれはうんたらかんたら・・・」

って、言う。言いくさる。

スパルタです。

何にスパルタかって言うと、

私は落ちる気は更々ないのさ。

9割が合格するっていうテストに今年落ちたのは、

お母さんが、「犬や猫について行きなさい。そしたら人通りの多いところに必ず着くから。」

なんて言ったことにも原因があると思う。

普段、しっかりしている人にそんな事言われても、さっぱりダメージが無いんだけど、

今回はきつかった。

背後に伺われる障害の度合いを、

脳の機能の程度を、鑑みてしまって、激情に呑まれそうだった。

このことも、忘れないようにしないと。

いつか来る患者さんに対して、すべてをわかってあげることは出来ないけど、

測り知れないんだということを、わかっていられるように。
ニックネーム みう at 20:53 | TrackBack(0) | 日記
この記事へのTrackBack URL
http://269g.jp/tb/688370