タッチでね。タッちゃんが、
カッちゃんが病院に居るときに、テレビで生中継されている試合に熱中してたの。
無表情で。
漫画なんだけどね、昔はその現象が、理解できなかった。
もっと、
「うちの和也を何とかしてくださいっ!和也ぁ!!」
だと、思ってた。
でも、違うってわかった。
無表情のすごさ。抱え込む人間のことを知った。
お医者さんは、
結構死に対して鈍感で、それは良くないよね〜っ
って言う会話を、学生時代によくした。
でも、心の中では、(無理も無いことなんだけどね〜っ)って、思ってた。
私がこの先、どんな医者になるのかわからない。
けど、
最近よく思い出すのが、小学校のときに先生によく言わされてた、
「他人の痛みがよくわかる人間になりたいです。」
っていう言葉。
ていう言葉の重さに、最近慄いた。
だから、去年の暮れまでは、
わっぱりわかってなかったのだ。
今回の、わかってないって認識する度合いが、
私が一生かけて、わかってないって認識する度合いの内の何割を占めているか、
そのことを推測することも、
怖い。
人って、一生に経験する事象が平等ではなくって、
それによって喚起される感情も、平等ではない。
同じ24歳でも、ものの受け止め方が、それは違うんだろう。
ちょっとの間一緒に居ると、
他人に影響される人って居るから(私もそうだった・・・)
だから、常識というか、通説のように勘違いしてたけど、
一緒なのは、
感情が重なり合うのはほんの偶然で、
全体としては、全然違うのかもしれない。
そのことに慄いた。
でも、
個性がどうこう言う時代だし、違うっていうのも当然なのかもしれないっていうか、
当然なんだろうけど。
なんだか、宇宙の中に放り出された気持ちにも似ていたり・・・。
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